MDが世に出て間もないころ、映画とかドラマとかで使用される、"なんかハイテクなディスク"は大抵がMDで笑えた。。。
尤も、桜井家の場合は、親父さんがオーディオ関係が好きな為、そういうのは直ぐに導入されていたのだが、周りを見ると97、8年くらいまで、「MD?何それ!?すごーい!」という会話がなされていましたが―。
だから、MDが使われていたのか?
まぁ、スター・ウォーズも、物語の時代が新しくなるに連れ、その世界で使用されているメカがレトロ調になっていきますが。
「MDだよ、MD(笑)!」というのが、『ストレンジ・デイズ』の素朴な感想。
…というわけで、ウィリアム・フィクナー祭第九弾は『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』です。
あらずじ
時は1999年。人間の記憶を記録し、他人がその記憶を追体験できる"スクイッド"というデジタル記憶媒体がアンダーグラウンドで流行する近未来。
ロサンゼルスの街では犯罪が絶えず、同時に2000年という新しい時代への不安も高まっていた。
12月30日、"スクイッド"の売人で元警官のレニーの元に、"スクイッド"のデータを提供してくれる筈であった娼婦アイリスが助けを求めてやってくる。しかし、彼女は親友でレニーの元恋人でもあるフェイスと自分に危険が迫っていることを伝えると、誰かに追われているらしく、その場から慌てて去ってしまう。
一方、テレビでは、黒人たちの新たな時代を先導する人気アーティスト・ジェリコが射殺されたというニュースが流れ、街はさらに騒然となっていた。
そんな折、レニーの元に差出人不明の"スクイッド"のディスクが届く。そこに記録されていたのは、アイリスをレイプし殺した殺人犯の異常な記憶であった。
危険を感じたレニーは、女性ながらセキュリティのプロであるルイスと探偵のマックス、2人の友人の協力を得て、未だ想いを断ち切れていないフェイスを守り、事件を解明することに出る。
フェイスは今、射殺されたジェリコなを手がける音楽界の大物ガントの愛人となっており、歌手としてのメジャー・デビューも控えていたのだ。しかし、ガントから睨まれているレニーは、フェイスになかなか近づけない。そこでレニーは、マックスをフェイスの護衛役として送り込むのであった。
12月31日、アイリスがあるディスクを自分に残していたことを思い出したレニーは、車に放り込まれていたディスクを取りにルイスと駐車場へ向かう。だがそこに、ディスクを取り返そうとする2人組の警官が現れ、レニーとルイスは襲撃を受ける。アイリスを追っていたのは警官だったのだ。
全てはアイリスの残したディスクにある。レニーとルイスがディスクの中身を体験すると、そこにはジェリコ射殺事件の真相が隠されていた―。
レビュー
人間の記憶をデジタル記憶媒体に記憶し再生(体験?)可能にするという設定は、コンピュータが我々の身近な存在になって以来、よくあるSFネタではある。しかし、この作品では架空のアイテムが事件に上手く結び付けられており、サスペンス・ミステリーとして十分楽しめる要素を持っている。意外な人物が犯人であっても、後で「なるほど!」と思えるストーリー展開である点もよい。
また、SF映画にも関わらず、違和感無く事件を追えるのも、物語の時代が突飛な未来社会ではなく、1999年と言う身近な時代設定に他ならない。
差し詰め事件のキーとなる"スクイッド"は、犯行を記録した電子媒体といえるが、それが犯人の視点からのものであるところが面白い。眠るレニーの首に刃物をあてた犯人の記憶が記録された犯人からの警告"スクイッド"などは、まさに見えない犯人に狙われているという緊張感と恐怖感を与えてくれている。
しかし、本作をより内容のある映画にしている要素は、"スクイッド"が持つ過去性である。この映画において、"スクイッド"の果たす役割は事件のアイテムだけではない。
ここで物語の時代設定を、2000年直前といていることが重要な意味を持ってくる。
2000年―ミレニアムは新たな時代の幕開けの象徴である。物語にはサスペンス要素だけではなく、この新たな"未知の時代"へ対する退廃した現代からの期待と希望が謳われているのだ。
人間の記憶を記録する"スクイッド"は「過去」の象徴である。"スクイッド"の売人であるレニーは過去にとらわれた存在であり、『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』は彼が過去から脱却し新たな人生を切り開く成長物語というドラマを展開させている。
想い続け守る対象である昔の恋人とレニーを慕い共に戦う協力者、警官を辞めた人間による事件の解決という設定だけではなく、この作品では物語の時代をはじめ、"スクイッド"という架空のアイテムや黒人指導者のジェリコというキャラクターを登場させることで、新旧の対比によりメリハリを付けているのだ。これららの設定は、サスペンス・ミステリーの中に、過去を断ち切り新しいものへと向かうというドラマを演出し、より魅力的なストーリーに仕上げている。プロットのオリジナリティーが見事だ。
本作の公開は1995年であるが、その物語性から"2000年"を超えた現在でも、普遍的に楽しめる映画と言えるだろう。
ウィリアム・フィクナー in 『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』
『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』でのフィクナー様の役は、ジェリコ射殺事件の真相が記録された"スクイッド"ディスクを奪還しようとするロサンゼルス市警の警官、ドウェイン・エンゲルマン。ディスクを取り戻そうとするバートン・ステックラーの相棒で、彼と共にレニーらを執拗に追う。
キャラクターの位置づけとしてはステックラーのサポートといった感じでは在るが、苛立ちと焦りの色を露にするステックラーとは対照的に、沈着無言で銃弾を放ってくるエンゲルスマンは恐怖そのものである。
台詞もカットも少なく決して目立つ役ではないが、よく喋り感情的にしか行動できない"雑魚"ステックラーを、主人公の敵として引き立てているのは他でもなくエンゲルスマンの存在であろう。
その場に居るだけで、観る者に恐怖感を与える演技が素晴らしい。
また、沈黙を守る分、行動の予測が立たなかったエンゲルスマンだけに、彼の最期はこの映画の中でもインパクトのあるシーンに仕上がっている。出番が少ないにも関わらず、これほどまでに印象的なシーンを演じられることに、役者としての優れた技量を感じざるを得ない。
フィクナー様の力強い演技が見応えある作品である。
test 2009年03月25日(水)23時24分 編集・削除
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